森のそよ風のブログ

ゆっくり資産運用と、日常の記録

平成と昭和の流行語 ルックバック


こんにちは。


 今年も年の瀬が近づいて来ました。ユーキャンの今年の流行語大賞は、阪神、岡田監督の 「アレ」(A.R.E.)が選ばれましたね。
 また、漢字検定協会が選んだ今年の漢字は、「税」と発表されました。増税だ、減税だと中央もブレが大きかった年でした。



 さて、先日、息子の幼稚園友達の親夫妻で、今も家族同士でお付き合いが続いている知人夫妻と、恒例の「言葉遊び」を兼ねて会食しました。
 今回のお題は、これまでの世相を振り返って『平成と昭和の流行語』(ルックバック)を持ち寄ることにしました。何らかのヒント (問題) を出して、それに該当する流行語を当てるというクイズ形式の趣向です。


 全10問です。 皆様は、何問 正解できますでしょうか?


では早速・・・。



======== 平成と昭和の世相を表す流行語 【問題】===========
             (  ) 内のアルファベットは、出題者のイニシャルです。


問題1(Yさん)
 昭和38年頃、唐草模様の風呂敷がトレードマークの芸人が、寄席やTVに出て栃木弁でギャグを披露した最後の決めゼリフ。多様性の肯定を先取りした名言との評価もあるようです。その言葉は?



問題2(Yさん)
 昔のレトルトカレーのTVコマーシャルで、タレントが最後に付け加えた言葉です。名古屋弁を有名にしました。それは何でしょうか?



問題3(Sさん、Kさん)
 ある漫画から流行った言葉です。中年以上の、自己中心的で図々しい行動をする女性たちをこう呼びました。当時の衆院選で躍進したある政党の党首もその言葉を援用しました。
 それは何でしょうか?



問題4(Sさん)
 あるアスリート(陸上競技、長距離)の言葉。自己肯定感の強い言葉で、自分を大切にする現代に通じる傾向の先駆けとなった言葉は何でしょうか?(1996年、平成9年)



問題5(Kさん)
 卒業後もなお親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者のことを、当時の社会学者がこう呼びました。その言葉は何?



問題6(Hさん)
 あるビジネスTVドラマの中で、主人公が、一気に逆襲だ!とばかりに発した言葉は?



問題7(Kさん)
 様々な臓器の細胞になることができる能力を持つ多能性細胞を発見したとする女性研究者が記者会見で発した言葉が大きな話題になりました。それは何か?



問題8(Hさん)
 予備校のテレビCMの中で、「あれこれ忙しくてできない!」と言い訳しそうな受験生を叱咤激励して「いつやるか?」に続く予備校講師の言葉は何?



問題9(Kさん)
 2018年、就活支援のマイナビが、就活学生の流行語を集めて発表したが、第一位がこの言葉だった。それは何か? ちなみに第二位は「ガクチカ」。



問題10(Hさん)
 冬季オリンピックの競技中にTV放送のマイクが拾った言葉で、チームの仲間同士の共感・相互尊重を表した言葉として多くの視聴者から好意的に受け止められた北海道弁の言葉。それは何か?



=====【解答】======


解答1:「いろいろあらあな」。
 「夢もチボーもない」と共に有名になりました。
 (1963年頃、昭和38年頃)



解答2:南利明の「ハヤシもあるでよ!」 (1965年、昭和40年)
 全く無関係ですが、ハヤシと言えば、今年は作家の林真理子さんが脚光を浴びました。



解答3:「オバタリアン」
 堀田かつひこの4コマ漫画から。国政選挙での女性の躍進が「オバタリアン旋風」とも言われました。
(1989年、平成元年)



解答4:「自分で自分をほめたい!」 
 アトランタ五輪で、金メダルの期待を背負いながら銅メダルを獲得した時の有森裕子選手のインタビューでの言葉で、世相にインパクトを与えました。
(1996年、平成9年)



解答5:「パラサイト シングル」
1999年に、当時東京学芸大の先生で社会学者の山田昌弘氏が、著書の「パラサイト・シングルの時代」で、未婚人口の急増問題を提起しました。未婚率(非婚率)は今も高まっているそうで、先見の明ありです。 「〇活」の走りとなった「婚活」という言葉や「希望格差社会」も、山田氏の作り出した言葉だそうです。
(1999年、平成11年)



解答6:「倍返しだ!」
 日曜劇場『半沢直樹』の決めゼリフ。
(2013年、平成25年)



解答7:「STAP細胞、あります!」
 当時 理化学研究所の小保方晴子氏の言葉。割烹着姿の風貌も話題になりました。この年は、日本人3人がノーベル物理学賞を受賞するなど、科学が注目された年でもありました。
 (2014年、平成26年)



解答8:「今でしょ!」
 林修先生の言葉。 林修氏は2013年8月からタレントとしても活動を開始し一般向けの情報番組やバラエティ番組で解説者として活躍中。なお、「今でしょ!」は、2008年頃から予備校授業の中で 既に使っていたとのこと。
(2018年、平成30年)



解答9:「お祈りメール」
 企業が就職志望者に対して不採用を通知したメールの末尾に、必ずと言って良いほど「今後のご活躍を“お祈りします” 」と書かれていたことから就活性の間での流行語となった。多数の「お祈りメール」を受け取った学生は、(たくさんお祈りされて)「神様に近づいた」と自嘲的に言ったとも言われています。
(2018年、平成30年)



解答10:「そだねー」
 平昌五輪の女子カーリングでLS北⾒チームが銅メダルを獲得。
(2018年、平成30年。  フルに12ヵ月あった年としては平成最後の年でした)



何問正解できましたでしょうか?


ではまた。


2023年11月末の資産運用状況


こんにちは。


 週末に旅行に行っていた関係で遅れましたが、2023年11月末時点の資産運用実績を、
10月末対比で 整理して掲載します。
 実際の金額については、筆者の都合により従前より省略させていただいております。
どうぞご了承ください。



 この1か月の市場指数と為替の変化は 以下の通りです。


<市場指数>
 日経225平均   : +8.5%
 TOPIX     : +5.4%
 スタンダードTOP20 :+9.4%
 東証リート指数 : +1.6%


 NYダウ平均   :+8.7%
 NASDAQ総合  :+10.7%
 S&P500指数  :+8.9%
 米10年国債利回り : 4.932% ⇨ 4.344% ( ▲ 0.6%)



<為替レート>  円 対 1ドル   
    10/31: 151.25円 ⇨ 11/30 : 148.36円( 2.9円、約1.9%の円高)




【コメント】
・国内市場は、REIT含め 全てのカテゴリで 大きく上昇し、特にグロース株が牽引しました。
・米国株も、FRBの利上げ打ち止め期待と長期金利の下落を受けて大きく上昇しました。
・米国の10年長期金利は、インフレ率の鈍化を受けて大幅に低下しました。
・為替(ドル円)は、日米金利差の縮小で、足元では円高基調に転換した模様です。




1. 運用状況 (日米 11/30 終値ベース)


 半年ないしは1年くらい前から考えていたことですが、この11月に 米国株の過半を売却しました。債券ETFと少数の株式銘柄はまだ残していますが、基本的には今後完全撤退方向です。
 従って、以下に掲載した運用状況の(3)と(4)は、待機資金の組み換えの影響で不連続な数字となりますので、ご了承ください。(1)の総トータルはプラス・マイナスを トータルした全体像となっており意味のある実態を表しています。
 今月は、(1) <トータル> と  (2)<国内口座>  の報告だけが実質的に意味があるものとなっております。




(1) 総運用資産トータル (リスク運用3ブロックの総合計)


  〇 運用口座資産の総額 (含む待機資金) (前月末比) 増減率: + 3.6%
    注★証券口座以外の金融資産との出入りはありません
    注★売却譲渡後の反映は、所得税を支払い済み (控除済み) のベースです


【コメント】
 インフレの鈍化と米国長期金利の低下で、日米ともに市況は大きく好転しました。


 11月末時点での総運用残高は、ヒストリカル・ハイを 新たに更新しました。
 ただし、運用総額の3.6%の上昇率は 日米市況の上昇ほどには増加しませんでした。市況改善による上昇分の効果が、米国株の売却に伴う源泉徴収税により 大きく目減りしたためです。
 米国株からの撤退の背景については、最後の総括コメントにて詳しく述べます。




(2)国内運用ブロック(主として国内の個別株+円建て債券+国内株の投信+待機資金)


  〇 約32銘柄、 PF占有率:約 60%前後
  〇 口座資産の総額 (含む待機資金) (前月末比) 増減率: +3.1%
    注★ 株式やETFの配当は含んでおりません (従来通り)。
    注★ 売却譲渡後の反映については、所得税を支払い済みのベース



【コメント】
 市場全体が堅調でした。特に半導体関連などのグロース銘柄が大きく伸びましたが、筆者はグロース銘柄の保有数が多くないため、伸び率は限定的でした。




(3)米国株運用ブロック(含むETF, 米国債券, 待機資金)


  〇 約10銘柄、PF占有率:約10 ~ 11%(再整理中)
  〇 口座資産の総額 (含む待機資金) (前月末比) 増減率: - 48%
    注★ 配当を含みます。
     ★ 譲渡所得税は資産高から控除済み


【コメント】
 FRB利上げ停止確信と来年前半からの利下げ期待の高まりで、主要3指数とも大きく上昇し、また債券価格も明確な回復に転じました。
 しかしながら筆者の当米国株ブロックにおいては、大半の米国株の売却で戻った資金を含めたドル口座評価額全体の約半分を円転して(4)項の投資信託口座に送金したことにより、総額は48%縮小しました。



(4)投資信託ブロック (海外株/債券の投信+待機資金)


  〇 約17銘柄、PF占有率:約 29~30%(再整理中)
  〇 口座資産の総額 (含む待機資金) (前月末比) 増減率: +68%
   注★:分配金は一部銘柄のみを含んでいます。
   注★:譲渡所得税は 資産高から控除済み


【コメント】


 投資信託の成績は ほとんどの銘柄において非常に堅調でした。
補足説明ですが、前述の通り米国証券の大半を売却し、その資金の多くを円転して投資信託口座に移管した関係で、投資信託ブロックの (待機資金を含む) 総資産残高は大きく上昇しました。
 よって68%の上昇率は参考にはなりませんが、その11月末の残高の絶対値は、来月以降の変化率観測の基準となります。
  待機資金の変化を別として、「現役運用」の投信の評価額の増加率は+9~10%程度と推定しています。
(正確な計算はしていません。現役証券評価額の増減計算は 数か月前から省略しています。)


 なお、「ドル建ての米国証券」からは いずれ時期を見て全面撤退しますが、米国や全世界に投資する投資信託を通じて、外貨には引き続き一定の割合をしっかり投資継続します。
ドル建て証券に直接投資せずとも、円建ての投信でほぼ同等の成果が、リスクを抑えながら得られる時代になりました。




2.総括コメント


 半年ないしは1年前から計画し、最適なタイムフレームを慎重に見計らっておりましたが、11月に、過半の米国個別株と米国株式ETFを売却しました。
 米国10年国債利回りが 明確に低下に転じたと確信したのが 11月中旬から中旬過ぎの時期であり、それに同期して米国株価が大きく持ち直し、かつ、為替が150円-151円近辺の揉み合いから方向転換して 約149円となったタイミングで売却しました。
 一部の株式は残してありますが、それは堅調なMSFTや ブレの少ないETFのDGRWなど ごく少数です。MSFTの継続は、生成AIの 長期に亘る更なる発展・社会実装を予測しているためです。
   なお、債券のETFは売却していません。これから評価額が大きく持ち直して来る見込みなので、FF金利の低下を2~3年程度かけて見守り、FF金利が2%前後になって債券価格が十分に回復上昇した時期に慌てずに売却する予定です。


 米国株の過半を売却した理由は、自らの管理能力の減退を知っているためです。
 国内個別株口座、投資信託口座、米国株口座の3つを同時に管理することは次第に荷が重くなって来ていました。米国株は評価残高集計はして来たものの、実態としては既に単に保有を継続するだけの状態になっていました。つまり管理が完全に形骸化していました。今後年齢を刻むにつれ、管理能力が一段と減退することは、目に見えています。
 それと、運用を開始した当初に定めた目標額ゾーンに既に今年の前半のうちに入って来ていたことがあります。これから先の「EXIT&活用 のライフステージ」では、増やすことよりも、むしろボラティリティを抑えて、活用しながら資産寿命を延命することの方が遥かに重要になって来ると承知しています。
 これから先の限られた生活時間を別のことにも振り向け、同時に衰退する能力を意識し、運用管理に充てるエネルギーの対象を ”日本個別株と投信” に絞り込んで、省エネで失敗確率の少ない サステイナブルな方法にシフトして継続する考えです。


 さて、あと1か月足らずで「新NISA」の時代が始まります。
「つみたて投資枠」では米国または全世界を対象とする(特徴や難点を相互に補完する)投信3~4銘柄、つみたてNISA認定の「国内対象投信」を1銘柄、バランス型投信を1銘柄程度の 総計5~7銘柄程度の投信の管理に専念し、「成長投資枠」では、国内個別株(含むETF)の 十数銘柄程度に専念する体制を整える考えで、既に銘柄の案は固まって来た状況です。
 なお、NISA枠に入らない(主力ではないが上下動が少なく十分に分散しているために放置が可能な)投信や個別株は、特定口座で半放置状態でしばらくは保有する考えです。特定口座では、分配型の投信も排除しない方針です。分配型は「長期の」資産形成では有利に働きませんが、シニア世代では、タコ足分配でなければ (分配という) 小まめで自動的な利益確定は、その後の大きな暴落に対する事前のクッションとなるためです。 EXITが近いと、考え方が少しずつ変わります。



本日も最後までお読みいただき、大変ありがとうございました。


蔵元 須藤本家を訪問


こんにちは。


先日、焼き物で有名な茨城県笠間市の蔵元の、須藤本家を訪問しました。
JR系の旅行会社が募集していた「老舗蔵の地酒テイスティング・ツアー」に参加したのです。


須藤本家は日本で最も古い酒蔵の一つと言われていて、何と平安時代の1141年に酒醸造を祈願したというお札が残っているとのことです。
今も営業する酒造企業としても、日本で九番目に古いそうです。


須藤本家の最寄り駅は茨城県の友部駅ですが、自宅からも余裕で日帰り圏内なので参加してみました。


友部駅には、旅行会社がチャーターしたバスが迎えに来てくれており、蔵元まで約10分でした。
都内からの参加者がほとんどのようで、総勢15人のメンバーでした。


さて、ツアーコンダクターさんの先導で現地へ。
なかなか立派な門構えです。


門を入ると、よく手入れされた年代を感じさせる庭が広がっています。


そして蔵元の家屋に隣接して醸造所の建物も見えます。


上の写真左手の醸造所建屋にはテイスティング会場となる広い部屋があって案内されました。


美味しいお茶で迎えていただいたあと、社長の須藤源右衛門さんから蔵元の歴史や醸造の工程・当蔵元の酒の特徴などについて説明していただきました。
現在の源右衛門さんは、なんと! 55代目だそうです。


そのあと、利き酒が3種類出されました。


今回はいずれのお酒も生酒で、生酒はワイングラスで味わうのが風味が最も生きるとのことでした。
上の写真は一つ目の お酒の写真です。スパークリング・ワインなどに用いられるフルート型のワイングラスに注がれました。
2つ目と3つ目は、ボディの膨らんだ口の広いブルゴーニュ型のグラスが使われました。
全部写真に撮りたかったのですが、同行のツアーの方々が写ってしまい上手く撮れなくて残念でした。


仕込み水も提供されました。太古から続く地下水の井戸水とのことで非常に透明感のある味でした。



三種類のお酒は、
 ・山桜桃 (無濾過・生々)
 ・生酛 郷乃誉(無濾過・生貯蔵酒)
 ・郷乃誉 黒金(無濾過・生々)
という品種でした。


山桜桃のテイスティングが終わったあたりで、松花堂弁当が出ました。



ほどなく吸い物も。



この松花堂弁当がまた絶品でした。こちらも水戸の老舗料理屋のもののようでした。



帰りに売店で代表的な郷乃誉を買い求めて帰途につきました。


味覚が喜ぶ一日となりました。


ではまた。

今年も干し柿


こんにちは。


先日、駅前の八百屋で干し柿を買い求めました。


去年使った渋柿よりも、かなり大きいです。鉢屋柿という札がかかっていたように思います。
家に帰って大きさを測ると、大きい個体はヘタの葉から尖った先端まで 9~9.5cmくらいあり、重量は300グラムほどもありました。


早速剥いてみました。


このあと、熱湯に10秒くらいくぐらせ殺菌し、さらに焼酎をまぶして消毒です。



使い捨てのナイロン手袋で雑菌を付けないように注意しながら、ベランダに干しました。


時々、カビなどが来ていないか様子をみて揉みながら、約1か月でしょうか。
大型の鉢屋柿の干し柿の味が楽しみです。


ではまた。

法事


こんにちは。


先日の日曜日に、故人である両親の法事をしました。


母が三十七回忌、父は繰り上げの七回忌(実際は六回忌)です。
父の一周忌以来、コロナのために集合する法要ができなかったので、五類に指定換えとなった今年の春に、久しぶりに秋に皆で集まろうと思い立って準備して来ました。


近頃の世間では かなり珍しいと思いますが、小さいながらも仏壇のある自宅の和室に、大人十人、子ども五人が集合して読経して、その後 レストランに移動して会食、霊園に行ってお墓参りをして解散しました。


自宅で ”経” を上げ易い理由があるのですが、故人の娘でもある私の妹の夫君が僧侶をしていて、しかも、実家と同じ宗派です。仮に故人の菩提寺で そこの住職に依頼して法要を行うとしても、その場合でも妹の夫は参列しますので、集まるメンバーは同じことなのです。
妹の夫君は、これも極めて偶然なのですが、私が勤めていた同じ会社に定年まで研究者 (理学博士) として勤めていて、彼は 定年後に (ゆえあって) 築地本願寺で修業をして僧侶の免許を取った変わった経歴の持ち主です。
全く別々の経緯で私と同じ企業に勤めていた人が、私との縁は全く関係なく たまたま妹と結婚し、更に 僧侶の免許をとって 私の家で亡き父母に経を上げてくれるというのは、とても不思議な縁と言う他ありません。ちなみに妹の夫には、郷里での父の通夜・葬儀の導師も勤めていただいています。


ということで、数か月前に都合さえ合わせておけば自宅の狭い和室で法事開催が可能だったのです。
家の片づけや供え物等の手配、駐車場所の手あて、会食の予約や その内容の調整など、かなりの時間を割きましたが、甥たちの配偶者や子たちにも数年ぶりに会え、また新しい赤ちゃんも生まれていて、皆元気で活躍していることを確認できて有意義な時間でした。


さて、仮に次に法事を行うとしたら、6年後ということになるのだろうか。
しかし、6年後の自分自身の健康状態は想像がつかないし、妹の夫君は私よりも 更に数歳の年上でもあるので、これまた想像がつきません。
ということで、とりあえず今回の法事で「一段落」となるかも知れません。


ではまた。