嬬恋村で出会った あるアメリカ人のこと
こんにちは。
先日、親戚が持っている 群馬県の嬬恋村のロッジを借りまして、暑さを逃れて3~4日の間過ごしてきました。 浅間山にも近い場所です。
避暑地として人気が高い (旧) 軽井沢のようには お洒落なブティックやレストラン、大型スーパーなどは無い場所です。 (コンビニと 小さな食事処が数軒、地元野菜の直売所はあります。)
また携帯の電波はロッジには ほぼ届かず、携帯キャリアのアンテナ塔がありそうな方向の窓に近寄ればアンテナが一本だけ立って、手順が単純なショートメッセージや、添付写真の無い文字が数行程度の短いLINEが、1分くらいかけて辛うじて送受信可能な程度です。
しかし、旧軽井沢よりも気温が更に2度ほど低いのが大きな魅力です。酷暑のこの時期にconnectedな社会に一線を画してTVも観ず、自然の森の中でひたすら涼しさと静けさに浸るのんびり生活は、なかなか得難いです。
下記の写真で森の向こうに見えるのが浅間山です。
ロッジのあるこの場所ですが、今でこそ下の写真のように高さが20~30mにもなる針葉樹の木々で囲まれていますが、三十数年ほど前までは まだ木々は低かったです。
その頃は、山の下から上がって来る道沿いもハイマツなどの低木しか生えていない場所が かなり広がっていましたが、近年はすっかり高い木で覆われるようになっています。
浅間山は、ごく小規模の水蒸気噴火が 6年前、10年前に一度ずつありましたが、 大規模のマグマ噴火となると1783年(天明3年)に遡るそうで、240年くらい前ということです。その噴火で広範囲の地域の表層が変化し、あらゆる植物は焼けて原野・不毛の地になり、その後200年ほどかかって徐々に植生が復活してきたのだと想像します。
さて、このロッジのすぐ隣にもロッジが建っていて、アメリカ人の方が所有されています。
筆者は、せいぜい年に1, 2回、通算しても年に数日しか来ませんが、お隣さんは私達がいつ来てもおられます。(大型のセダンが停まっていて電灯がついているので すぐわかります。)
嬬恋村は、10月後半以降、翌年のG.W.あたりまでは寒く、また真冬は深い雪に覆われるのでロッジに泊ることは難しく、水道管の凍結防止処置とか色々なメンテナンスのために地元の保守業者さんに管理を依頼する必要があり、近隣の業者事情に通じておくことが夏場に快適に過ごす知恵でもあると聞いています。
お隣のアメリカ人は 一年のかなり長い期間をそのロッジに滞在されていて、地域のメンテナンス会社の事情にも詳しいと伝え聞いたので、去年 一度訪ねて お話を伺いました。それをきっかけに少し親しくなりました。
そのアメリカ人の方は、Rさんといいます。今日はRさんのことについて 去年と今年の交流を合わせて少し書きます。
数日前、メンテナンス業者さんの事情を教えてもらった昨年の御礼のご挨拶を兼ねて Rさんの玄関先に近づいたら、室内からデッキに出て来てくださり、お礼を言って雑談をした後、「珈琲でもいかがですか? どうぞ、どうぞ!」と気さくに招いてくださいました。
厚かましくお邪魔しました。
Rさんは1991〜2年頃に このロッジを建てたそうです。当時から米国と日本を行ったり来たりの仕事をされていたようで、日本人の女性と結婚されていました。
筆者は十年ちょっと前から Rさんの存在は知っていて挨拶程度はしていました。ほとんど記憶に残っていませんが奥様とも 一度は挨拶していたはずです。
さて、それほど遠くない 5, 6 年前に奥様を亡くされたそうです。そのことがきっかけかどうか、同時期に仕事も完全リタイヤされたようです。
Rさんによると、数年前の その頃から、冬を中心とした半年を米国本国の自宅で、また初夏から秋の半ばにかけての夏場の半年を 嬬恋村のこのロッジで過ごすようになったのだとか。 毎年そうしているとのことです。自宅は米国でもリゾートの地として知られた州だとのこと。
Rさんのロッジは大型で2階部分を含めると 優に 日本のファミリーマンションくらいの広さがあります。その構造や 内装・調度には、この建物に対するこだわりを感じます。建築資材はカナダから輸入したのだと言っていて、長く住む意識を感じました。
そして、筆者が心の中で一番興味を持ったのは、外国の地で、また近くにスーパーもない場所で、(奥様を亡くされての) 単身で半年間もロッジで一人でどう時間を過ごされているのだろうかということです。
Rさんは、筆者の内心を察してかどうか、この地での生活スタイルを色々と話してくださいました。ちなみに日本語はペラペラです。筆者が練習を兼ねて英語で話しかけるのですが、筆者の英語よりもRさんの日本語の方が格段にうまいので、いつの間にか 日本語で答えられて 日本語の会話に引き戻されてしまいます(笑)。
まず、ネット接続ですが、NTTに交渉して 光ファイバーをロッジに引いたそうです。数年がかりの交渉が実ったとか。ロッジ内は データはWifi化し、携帯の通常の音声通話も可能にしているらしい。ちなみに、アメリカ本国に住む友人達はLINE電話をやらないのと、日米の固定電話に掛けたい場合もあるので 普通の携帯電話をロッジの中から通話できるようにしておく必要があるんだとか。 年に半年も住むならば、ごもっともです。
NTTが この森の中まで光ファイバーを引いてくれたのは、一本隣の street に光を引いた有力者がいて、そのことを知ってNTTに再度相談したら上手くいったとか。(詳細は聞きそびれました)
毎日の生活は、ロッジや庭を快適に保つ工夫。高い標高でも夏場は雑草が生えるので、裏庭で苔を増やしていて、それをオモテ庭に移植すると、苔を植えた場所には雑草は生えないなど。
そして、毎日のパン作り。同時に3種類くらいのパンを毎日 種から仕込んで イースト・小麦粉やその他の材料を混ぜてこねてドウ (dough)を作って、十数時間 保温マットの上で温度調節しながら寝かせて膨らませ、最後に焼く。
フランスパン風のものから、ドイツ風のライムギパンまで作っている。ドライフルーツや 胡麻などを混ぜ、材料の種類、調合の配分、寝かせる時間、寝かせる温度、体積の増加の度合いなどを毎日克明に記録を付け、作る度に少しづつ変えながら、納得の味になるまで繰り返してやっているそうです。
焼き上がったパンは、このロッジ街の親しい友人や、旧軽井沢などに住む友人に食べてもらって批評をもらい、また改善にフィードバックするそうです。
その他、ムービーやミュージックのサブスクリプションも完璧のようです。
帰りがけに、pinot noir のワイン、ゴーダチーズ、Rさんが焼いたパンを出してくださった。
完璧なハーモニーと思いました。pinot noir はカリフォルニアのワイナリーでした。カリフォルニアではpinoは少ないのでは?と訊くと、このボトルは特別に美味いと。
現役時代に仕事での欧州への出張時の仕事終りに 現地のCafeで タパスやチーズをつまみながらワインをいただいた味を思い出したと話したら、Rさんも その組み合わせはわかると言って、やはりゴーダチーズが好きだとおっしゃっていました。
Rさんは今年は例年どおり10月に このロッジを閉めて米国に帰るが、途中で 南フランスにでの運河のクルーズに申し込んである、今から楽しみだとおっしゃってました。
筆者もフルタイムワークが終わった身の上です。来年またRさんにお会いできて話ができたら良いと考えています。
ではまた。
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